1. HOME
  2. 妙教寺の沿革

福徳山 妙教寺

妙教寺は名古屋市南区の日蓮宗のお寺です。
日蓮宗は鎌倉時代に日蓮大聖人によって開宗された
日本の伝統仏教の一つで、
総本山は山梨県の身延山久遠寺です。
妙教寺は『お寺と檀家、信徒は家族』と言う考えのもと、
普段のお参りが行われているお寺であります。
ご縁を頂いた方々に、家族の大切な人が
「毎日お経が聞きながらお休みになれる場所」を、
少しでも気軽に手を合わせられる様、
「お求めやすく」「お参りしやすく」「安心できる」所として
「納骨堂」といった形で四十年前からご提供を致しております。

妙教寺の想い
納骨堂について   

永代供養や納骨の費用でお悩みの方の相談が増えています。
少子高齢化・核家族化などでお墓の継承が難しくなっているご家庭が増えてきているように感じます。
「子供が遠方に住んでいるため継承させるのが難しい」
「独身なので自分が亡くなった後はお墓がどうなってしまうのか」など
お墓の継承についてお悩みの方は多くいらっしゃいます。
福徳山妙教寺は、日蓮宗・無宗派問わず対応可能な納骨堂を完備しており、永代に亘ってしっかりとご供養します。
昭和51年に名古屋市の許可を得て建設をして以降、40年間に亘りトラブルも無く運営を続けてきました。
はじめは妙教寺檀信徒専用となっていたものの日頃お世話になっている地域の方々にもお分けするようになりました。
名古屋市の許可を受け40年間無事故で運営してきておりますので安心してお預けください。
永代供養の費用など不明な点がありましたらお気軽にお問い合わせください。

二つの納骨堂
「知恩廟」「報恩廟」

妙教寺の納骨堂で「知恩廟(ちおんびょう)」「報恩廟(ほうおんびょう)」と言う名称が名古屋市に登録されております。
「知恩、報恩」とは、お釈迦様が「人が人であるために大切にしなくてはいけない事」として教えられたお言葉「知恩報恩(ちおんほうおん)」(恩を知り、恩にむくいるのが人であり。それが出来なければ、けものと一緒だよ。)から付けられた名称です。
今の自分の基本を作って下さった大切な方のご恩に少しでも報いることが出来る場所に成るようにとの願いを込めて名前が付けられました。
知恩廟は最新式の自動搬送型納骨堂。
報恩廟は仏壇型の納骨堂です。
どちらも名古屋市より納骨堂の許可番号を得ております。
宗派は日蓮宗ですが、違う宗派の方・無宗派の方問わず誰でも利用することができます。お預かりするご遺骨の数に制限も設けていません。名古屋市内、JR・名鉄・市バスでアクセス抜群の好立地で、駐車場も完備していますので、安心してお越しいただけます。

妙教寺の沿革

昭和17年3月
当時の名古屋市南区笠寺町九ノ割三十三番地に道徳教会として
宗教活動を始める。
当時の境内地に今の南区大江近辺(又兵ヱ新田)埋め立て
当時より奉られていた『福徳龍神』の社があり、お寺の
守護神としてそのまま奉られる。
そのご縁により後のお寺の山号「福徳山」の元となる。
戦時中、焼夷弾が二度にわたり三発本堂に落ちるも
全て不発となり難を逃れる。

昭和27年10月13日
福徳山 妙教寺として寺号公称。

昭和34年9月
伊勢湾台風で被災。
本堂・庫裡が水没するも檀家・信徒の助力により復興。

昭和51年8月
先代藤木住職の代、名古屋市より納骨堂建設の許可を得る。

平成12年2月21日
改めて名古屋市より納骨堂の許可証発行。
納骨堂 報恩廟(許可番号:12指令衛環3‐5号)

平成31年4月
納骨堂 知恩廟開堂。
(許可番号:29指令健環第150‐9号)
新しい形の納骨堂を取り入れ、時代に合ったお寺を目指す。